鳥になりたかった








 ダイフクーが貯金箱バンクを磨き手入れをしていたら、T−ボーンが隣にやって来て、オラの貯金箱も磨いてくんろ! と満面の笑みで依頼した。自分の貯金箱ぐらい自分で磨けよ、というダイフクーの抗議は聞こえなかったのか、T−ボーンはそのままごろんと仰向けに寝転んで空を眺め始めた。それでダイフクーは、渋々T−ボーンの貯金箱を手に取った。
 青い空に、陽光が穏やかに満ちている。ひなたぼっこをしながらのんびりと貯金箱の手入れをする――そんなバンカーの休日にはうってつけの日だった。
「鳥! ダイフクー、鳥が飛んでるっぺよー。」
 T−ボーンが空を指さし、楽しそうに報告した。ダイフクーは手元から視線を上げないまま、そうだなと答えた。
「オラ、鳥になりたいなあ。」
 そうかい、とダイフクー。
「鳥になって、高い高い所まで飛んでって、世界中見てみたいっぺ。」
 うんうん、とダイフクーはうなずく。
「気持ちいいだろうなあ。あんなふうに翼を広げて、空、飛んでみたいっぺー。」
「そんなに鳥になりたいなら、禁貨を集めてバンキングにお願いすればいいじゃねえか。」
 裏側も磨こうとダイフクーが貯金箱をひっくり返すとじゃらりと音がした。その音に込められた願望がまだないことを思い出して、何気なく彼はそう言ったのだった。
「……そうだっぺなあ。」
 その時ダイフクーはようやく顔を上げてT−ボーンを見た。
 T−ボーンは真面目な顔をして空を見つめていた。
 それがあまりにも彼らしからぬ表情だったから、ダイフクーは自分でも何だか分からない感覚にどきりと深く突き刺されて、思わずT−ボーンの名を呼んだ。
「じょ、冗談だからな。禁貨を集めて鳥になるだなんて。」
 T−ボーンはダイフクーの方を見て、目をぱちくりさせた。そこにはさっきの真剣な眼差しの影すら隠れていなかった。
「分かってるっぺよ。ダイフクーは心配性だっぺなあ。」
 T−ボーンはいつものように無邪気に、へらっと笑った。途端、ダイフクーは急に馬鹿らしくなって、なのに何故だか少し安堵している自分がいて、それを誤魔化すかのように、うっせーな! とちょっと怒って呟いた。
 それからダイフクーは貯金箱を磨く作業に戻り、T−ボーンは青空を舞う鳥たちを再び眺め、二人はしばらく無言だった。
 ややあってT−ボーンが、でも、と口を開いた。それは自分のためだけにしては大きすぎる独り言で、他人に伝えるにしては小さすぎるささやきだったが、ダイフクーはT−ボーンの方に視線をやり、続きを待った。T−ボーンは少し微笑んでいた。
「オラ、ああやって自由に空を飛ぶの、確かにうらやましいけんど、でもやっぱりオラ、地面踏んで歩く方が好きだな。」
 ダイフクーはT−ボーンの横顔を見つめた。それから目線をT−ボーンの貯金箱に移し、仕上げに一拭きさっと全体をなでると、彼の側にそれを置いた。
「できたぜ。」
「おおっ、ありがとうだっぺ、ダイフクー!」
 作業を終えたダイフクーは立ち上がった。T−ボーンには彼の背中しか見えなかったが、少しの間を置いて彼が落とした言葉は拾うことができた。
「俺も、飛ぶよりは歩くほうが好きだぜ。」
 そして振り返ったダイフクーは、間違いなくT−ボーンに向かって、問いかけた。
「一緒に行くか?」
 T−ボーンは一瞬だけ言葉を失う。だがすぐに、嬉しそうな様子で起き上った。
「うん!」
 そうして二人のバンカーは歩き出した。共に地面を踏みしめて。
 上空の鳥は彼らを眺め、やがて気ままな風に吹かれて消えていった。

Fin.





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作品解説(あとがき)